イベント(日本語教育)

オンラインセミナー:経験を積んでも得られない教師の知識・技能とは? ―『学習者を支援する日本語指導法』

講師: 畑佐由紀子 先生(広島大学大学院教育学研究科日本語教育学講座教授)
日時: 2023年1月21日(土) 14:00 - 15:30
場所: オンライン

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こちらのセミナーは終了しました。ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。
「発表資料」と、「お寄せいただいた質問と、講師からの回答」を公開しますので、参考にしてください。

●発表資料

下記リンク先からPDFで閲覧いただけます。

発表資料(.pdf, 2.1MB) >
※無断での複製や転載はしないでください。

参考文献につきましては、『学習者を支援する日本語指導法Ⅰ 音声 語彙 読解 聴解』の文献リストをご覧ください。

また、同書のテキスト採用をご検討の場合は、こちらから見本をお申込みいただけます。

●お寄せいただいた質問と、講師からの回答

Q:読解において、読む前にスキーマを活性化させることは必要だと思います。ですが、母語話者はスキーマを活性化しなくても読めると思います。このように読めるようになるには、どのような指導が必要とお考えでしょうか。
A:母語話者は意図的にスキーマを活性しているわけではありませんが、読解中にスキーマや背景情報を使って理解しています。スキーマを効果的に使えるようになるには、下位レベルの自動化が必須です。ですから、初級から中級学習者の場合、文字認知、語彙認知、統語処理の自動化ができるような指導が必要です。ある程度自動化が進んでくると、スキーマを活用できるようにはなりますが、語彙力も構文解析能力も母語話者ほど高くないので、下位レベルの処理に意識が働かないわけではありません。ですから、母語話者のように意図しなくてもスキーマを活性できるわけではありません。そのため、初期段階では、学習者の注意をスキーマに向けるような指導が必要となります。特に、文化的に異なる構造スキーマなどは、学習者は母語で持ち合わせていないので、指導なしでは活用することもできません。ある程度スキーマを使って読む経験を積んでいけば、自然にできるようになると考えられます。

Q:日本語のHVPT(High Variability Phonetic Training:高変動音素訓練)の成果について、どの機関でどのような報告があるのでしょうか。
A:2022年のAmerican Association for Applied Lingusitics とNew Sounds という学会で報告がありました。ここでは、日本語の長母音、促音、撥音、「すき・つき」[e]と[a]をターゲット音声としたHVPTのプログラムについて発表がありました。ターゲット音を含む単語と、それと間違いやすい単語のミニマルペアを作成し、これを6名の母語話者の男女に音読させ録音しました。この刺激を初級後半の学習者に聞かせ、ミニマルペアのどちらを聞いたかを判断させる宿題を出しました。1日5分程度の宿題を1学期にわたって継続的に行い、効果を測定したところ、聴き取りの向上が見られました。また、訓練に使わなかった単語も聞き取れるようになったと報告されていました。いつ公開されるのかわかりませんが、Multilingual Online Listening Exercises(MOLE)というサイトで、スペイン語、日本語、フランス語のHVPTレッスンを公開する予定だそうです。

Q:語彙指導に関して、特に非漢字圏の学生の漢字学習や、コロケーションを用いた指導法として、どのような具体例があるでしょうか?
A:非漢字圏学習者については講義で紹介した筆画や漢字を書く指導があるほか、漢字かるたや坊主めくりなど様々なゲームが使えます。文字認知や語彙認知能力を高めるためには時間を競わせる、つまり短時間で識別したり判別させたりすることが必要です。例えば、かるたとりで、教師が言った単語を表す漢字語彙カードとらせることもできるでしょう。コロケーションは語彙を教えるときに、個々の単語としてではなく、フレーズとして教えます。例えば、「写真」と「とる」を別々に教えるのではなく「写真を撮る」で教えるといった具合です。更に、これを1つのテーマの中で教えることで、より覚えやすくできます。例えば、毎日の生活というテーマで、「歯を磨く」「顔を洗う」「ご飯を食べる」というふうに、命題で繋げていった方が覚えやすいと考えられます。

Q:今の日本語教育は英語教育を基に作られたものであり、日本語教育には日本語の特性に沿った教授法が必要だという意見があります。日本語教育と、その他の外国語教育の相違点について、どのようにお考えですか?
A:印欧語も日本語も音声言語という点では、基本は同じです。北米では日本語は難しい言語だという考えがあり (確かにそのように分類されています)、それが故に印欧語とは違って、文法を重視する。単語もたくさん覚えさせるというようなことがあります。しかしながら、日本語が特別だという考えは、世界の言語を比べてみると必ずしも正しいとは言えません。また、違うから文法を重視するというのは論理的根拠にかけます。日本語が特別というよりもL1とL2の言語間距離によって、特に初期段階の学習負荷が異なるため、どのように対応すれば学習者の負荷を軽減し学習を続けられるかということの方が大事だと思います。例えば、英語話者にとって日本語は言語間距離の遠い言語ですから、L2習得に利用できるL1の言語的特徴は少ないですし、語彙のオーバーラップも少ないので、語彙力をつけるだけでも負荷が増します。このような場合、学習期間が長くなるのは避けられませんから、学校で学習して獲得できるレベルにも限界があります。そのため、学校を卒業した後、自律学習を続けられるような指導が必要だと思います。また、印欧語を学習するのと比べると、上手になる速度が遅いので、不安感の増幅、学習動機の低下が予測されます。そのため、自己効力感を高めるための自己調整ストラテジーの指導もしたほうがいいでしょう。つまり、言語だけではなく、学習者の言語学習を支援する指導も必要だと思います。一方、韓国語母語話者のように日本語との距離が近い言語の学習者にとっては、そのような支援はおそらく必要ないでしょうし、むしろいかに韓国語を活かして学習を促進させるかの方がより効率的な学習につながるでしょう。また、TBLT(Task-based Language Teaching:タスクベースの教授法)で言われるように、コミュニケーションの経験を増やし、その中で言語に着目させるようなフィードバックを中心とした指導で日本語を習得できる可能性もあります。つまり、日本語と他の言語という枠組みで指導を考えるよりは、L1とL2の関係性を考えたほうが良いと思います。もちろん1つのクラスに多様なL1の学習者がいる場合は、それだけではすみません。
 ただし、文字については日本語は世界で最も文字種が多く、複雑な言語です。この意味では日本語は特別だと思います。ですから、印欧語の読解研究も上位レベルの問題については日本語に当てはまる部分もありますが、下位レベルについてはどの程度日本語に当てはまるか注意が必要です。
 最後に教育研究という側面では、印欧語の研究の方が、理論的にも方法論的にも洗練されています。この点は大きく違う点だと思います。日本語では実践研究が多いですが、実践を念頭に置いた教育研究は少ないです。そのため、実践から得られた成果を他の現場に適用できるという保証がありません。

Q:最近のオンライン教育について、第二言語習得や教授法の観点から、どのような問題点があるとお考えでしょうか?
A:オンラインのツールはあくまでも教育の手段にすぎませんから、使い方によってはどのような教授法や理論であれ、効果的に使えると思います。例えばブレンディッド・ラーニングやSNSは、CLIL(Content and Language Integrated Learning:内容言語統合型学習)やTBLTでこれらのツールが使われています。重要なのは適切な使い方をすることです。それができれば、SLAで重要とされる言語の焦点化や、意味交渉の機会を増やしたり、クリティカル・シンキングを支援することができます。
 これらのツールが増えたことで問題があるとすれば、コミュニケーションが多様化したことではないでしょうか。例えば、Zoomでは、相手の顔を見るものの、相手が自分を見て話しているかどうかはわかりません。この点は対面会話での非言語行動を用いたターンテイキングとは大きく違います。また、チャットの言語は会話よりも短いため、言語的にも談話的にも異なります。学習者にとって、これらの環境で使える言語スタイルと、対面会話で使用する言語との区別は困難だろうと思います。しかし、これらもコミュニケーションの手段であるため、学習者は必要とする可能性があります。
 一つ注意をすべきは、ネット上で公開されているCALL(Computer Assisted Language Learning:コンピュータ支援語学学習システム)のレッスンや市販のオンラインレッスンは良いものもあれば、効果を疑わざるを得ないようなものもあります。このように質の統制が取れていない状況では、教師はより批判的にこれらのレッスンを評価しなければならないと思います。

Q:ご紹介いただいた指導法を、実際にコースのなかでどのように組み立てていくかについて、実践例などがあればご紹介ください。
A:これについては続編の本で書きたいと思いますが、これまでのように語彙は語彙、文法は文法、読解は読解と縦割り式に教えるのは効率的ではないと思いますので、語彙指導や発音指導を、会話、聴解、読解活動とどう組み合わせて行うかなどについて紹介する予定です。TBLTの枠組みでもできるでしょうし、CLILでも可能です。日本語での実践例はNASA(アメリカ航空宇宙局)と協力した例がありますが、他の学習環境に適用できませんので、印欧語の例を紹介しようと思っています。

●開催情報

■会場 オンライン(Zoomミーティング)
■日時 2023年1月21日(土)14:00-15:30 ※録画配信はありません

■参加資格
どなたでも参加いただけますが、日本語教育や日本語指導に携わる方に向けた内容となります。

■参加費 無料

■講師
畑佐由紀子 先生(広島大学 大学院教育学研究科 日本語教育学講座・教授)
1992年イリノイ大学にて博士号(言語学)を取得。1983年より日本語教育に従事し、イリノイ大学、パデュー大学、アイオワ大学、モナシュ大学等で教鞭を執るとともにカリキュラム開発及び教員養成を行う。2007 年に広島大学大学院日本語教育学講座の教授に就任。専門は日本語教授法と第二言語習得。主な著書に『学習者を支援する日本語指導Ⅰ 音声 語彙 読解 聴解』 『日本語の習得を支援するカリキュラムの考え方』(くろしお出版)、『第二言語習得研究への招待』 『外国語としての日本語教育―多角的視野に基づく試み―』 『第二言語習得研究と言語教育』(編著、くろしお出版)、Nakama: Japanese Communication Context, Culture(共著、Cengage Publishing)など。Modern Language Journal, Japanese Language and Literature, Language Assessment Quarterly, 『第二言語としての日本語の習得研究』、『日本語学』などに論文を発表している。Association for Teachers of Japanese の理事、日本語教育学会の評議員を務め、現在は大学日本語教員養成課程研究協議会の理事を務めている。

講師から
新米教師時代は毎日が発見の連続ではなかったでしょうか。そんな時期を過ぎると、自分の教え方に自信が持てるようになる反面、教えることに対する新たな発見や学びの機会を確保する時間も無くなり、何となく閉塞感を感じてしまうことがあるのではないかと思います。そこで、このワークショップでは、先生方の新しい発見や振り返りのヒントとなるような教育研究や実践について紹介したいと思います。

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